ハロルドとモード
こ れ は あ な た の た め の 映 画 な の だ。
H A R O L D A N D M A U D Eあなたは世界に生きづらさを感じていないだろうか?
生の実感を感じられずにいないだろうか?
結婚して家庭を持つことにためらいを感じていないだろうか?
もしもそうなら、これはあなたのための映画である。『ハロルドとモード』はラブストーリーである。だが、これはあらゆる愛が終わった後のラブストーリーだ。ハロルドは一九歳、未来はどこまでも開けている。だが、彼にとってはそんなことはなんの意味もない。ハロルドはひたすら死に取り憑かれている。
着る服は喪服、乗る車は霊柩車、趣味は自殺ごっこ。何度自殺の真似をしても慣れっこになった家族が取り合ってくれないので、しかたなく見合い相手に一発かます。もちろん大成功して見合いは一発で破談。家族には理解できない。なぜ頭も良く家柄にも恵まれた上流階級の子供がそんな真似をしなければならないのか? なんだってできる立場にあるくせに、なぜすべてを捨て去るようなことをしなければならないのか?あなたにならわかるだろう。すべてを破壊せずにはいられない衝動、身の置き所のない苦痛が。恵まれた恋愛、幸せな結婚で社会の立派な一員となるのは、自分の可能性を消してしまうことでしかない。でも、それに反抗したからってどうなるわけでもない。それがわかっていてもなお、ハロルドは無駄なあがきを続けずにはいられない。どこかにあるはずの突破口を求めて。
ハロルドの願いは叶えられる。七九歳の美少女、モードという姿によって。
これは一九歳の少年と七九歳の老婆のラブストーリーである。
愛など成立するはずのないところで生まれるラブストーリーだ。
奇跡を信じていない人に訪れる奇跡であり、死しか信じられない人間が生きる意味を見つけるまでの物語である。これはあなたのための映画なのだ。
借りもんのダビングDVDで見たもんで、ひどい画質、音質ではあったんだけど、あっという間に惚れてしまった。
見ているあいだ、なんど背中を押されただろう、なんど元気をもらっただろう。軽やかで、ユーモアに溢れていて、なによりやさしいから、なんだか窮屈な世界が広がっていくような、広げていけそうな気持ちにさせられる、そんな『ハロルドとモード』が大好きだ。なんだかちょっと照れくさいけど。
ネットでチラシの画像を探している際見つけた柳下毅一郎の文章が、これまたあまりにやさしくて、読み返すたびゾクゾクしてしまう素晴らしいものだったので、誠に勝手ながら引用させて頂きました。
1972年10月21日 日本公開/アメリカ/91分
監督:ハル・アシュビー/出演:バッド・コート、ルース・ゴードン